「髪を梳く」のはハサミだけじゃない。プロが操る「櫛(コーム)」の役割と技術
バーバーサロン(理容室)でのカットの主役といえば、誰もがリズミカルに開閉するハサミを思い浮かべることでしょう。しかし、その華やかな主役の影で、ヘアスタイル全体の精度と美しさを、静かに、しかし絶対的に支えている名脇役がいます。それが、私たち理容師が片時も手から放すことのない「櫛(コーム)」です。「髪を梳く」という繊細な作業においても、この櫛が果たす役割は、皆様が想像する以上に計り知れません。今回は、櫛がどのようにして髪を梳き、スタイルを整えていくのか、その知られざる世界にご案内いたします。
櫛の役割①:正確な「ものさし」として、切るべき髪を測る
私たちプロがカットを行う際、櫛は単に髪の絡まりを解くためだけに使っているのではありません。それは、髪を引き出す「角度」や、ハサミを入れるべき「長さ」を、ミリ単位で正確に測るための、極めて精密な「ものさし」なのです。「髪を梳く」という工程においても、まず櫛を使って、どの部分の、どのくらいの量の毛束を、どの深さから調整すべきかを正確に測り取ります。この最初の計測作業が、その後のすべての仕事の精度を決定づける、非常に重要なステップとなります。
櫛の役割②:ハサミと連携し、「質感」を創り出す
「髪を梳く」という行為は、櫛とハサミが完璧に連携することで初めて、美しい仕上がりとなります。例えば、すきバサミで毛量を減らす際、櫛で毛束を均一なパネル状に引き出すことで、ムラのない、狙い通りの毛量調整が可能になります。櫛による正確な下準備があってこそ、すきバサミはその真価を発揮できるのです。また、毛先に自然な動きを出したい時には、櫛で毛先をぴんと揃え、そこにハサミを縦方向に入れていく「チョップカット」という技術を用います。櫛が固定されたキャンバスとなり、ハサミが絵筆となって、スタイルに豊かな質感を加えていくのです。
櫛の役割③:それ自体が「梳く」道具となる技術
時には、櫛そのものが「梳く」ための道具として、より積極的な役割を果たすこともあります。私たち理容師は、櫛とレザー(剃刀)を組み合わせて、髪を梳くように毛量を調整する専門的な技術を持っています。櫛で引き出した毛束を、レザーの刃で優しく、そして滑らせるように削いでいくことで、すきバサミとはまた違った、非常に柔らかく、自然な毛先の質感を創り出すことができるのです。
プロはなぜ、何本もの櫛を使い分けるのか
私たちの仕事場には、目の粗さが違うもの、全体の長さや厚みが違うもの、あるいは材質が違うものなど、実に様々な種類の櫛が、その出番を待っています。それは、お客様一人ひとりの異なる髪質(例えば、硬く多い髪には、頑丈でしなる櫛を)、デリケートな頭皮への優しさ、そして創り上げるヘアスタイル(例えば、精密な刈り上げには、非常に薄い櫛を)など、あらゆる状況と目的に対して、常に最高のパフォーマンスを発揮するためです。誠実な理容師は、お客様に触れるその瞬間に、数ある選択肢の中から、あなたのためだけの最高の一本を選び抜いています。
まとめ
バーバーサロンの「櫛」とは、決して単なる脇役ではございません。それは、ヘアスタイルという精密な建築物を創り上げるための、決して欠かすことのできない設計ツールであり、測定器なのです。ハサミの華麗な動きだけでなく、その仕事を静かに、そして正確に支える櫛の働きにも、ぜひ少しだけご注目ください。そこには、お客様への誠実な想いと、私たちの技術の揺るぎない土台が、確かに隠されているはずです。