「髪をすく」と「段をつける」は違う?プロが創る、理想の立体感とその仕組み
バーバーサロン(理容室)でヘアスタイルをご相談される際、「軽くするために、少し段をつけておきますね」と言われたり、あるいはご自身で「動きが欲しいので、髪をすいてください」とオーダーされたり。ヘアカットの現場では、「段をつける」ことと「髪をすく」ことは、どちらもスタイルに軽やかな変化を与えるための、非常に馴染み深い技術です。しかし、この二つの技術が、実は全く異なる目的を持ち、最終的な仕上がりに決定的な違いを生むということを、皆様はご存知でいらっしゃいますでしょうか。今回は、その奥深い世界について、分かりやすく紐解いてまいります。
まずは結論:「見える段」か、「見えない段」か。
まず初めに、この記事の結論から、その最もシンプルで本質的な違いをご説明いたします。「段をつける(レイヤーカット)」とは、主に髪の表面に、はっきりと目で見て分かるような、長さの「段差」を創り出す技術です。これは、ヘアスタイル全体の形(フォルム)そのものを、ダイナミックに変えることを目的としています。一方で、「髪をすく(セニング)」とは、主に髪の内側に、私たちの目には見えにくい、ごく細かな「段差」を無数に創り出す技術です。これは、全体の形は大きく変えることなく、髪の量や質感を、繊細に調整することを目的としています。
「段をつける」ことで、スタイルに大きな“動き”が生まれる
髪の表面が短く、内側(襟足など)が長くなるように「段」をつけると、その高低差によって、スタイル全体に大きな「動き」や「流れ」が生まれます。例えば、ウルフカットのように襟足部分にくびれを創ったり、トップの部分に高さを出して、ふんわりとした立体感を演出したりと、ヘアスタイルの設計図そのものを、より躍動的に描き変えるのが、この「段をつける」という技術です。ヘアスタイルに、はっきりとした個性や、華やかな印象を与えたい場合に、非常に効果的なアプローチと言えるでしょう。
「髪をすく」ことで、スタイルに“軽さ”が生まれる
もし、「段をつける」ことが、ヘアスタイルの骨格そのものを変更する、大胆なリフォームであるとするならば、「髪をすく」ことは、その部屋の家具の配置を変えたり、壁の厚みを調整したりする、より繊細なインテリアデザインにあたります。毛束の中の量を部分的に減らすことで、物理的な重さを取り除き、髪に柔らかな空気感を与え、日々のスタイリングを驚くほど容易にします。カットによって創り上げた基本的な形はそのままに、「もう少しだけ扱いやすくしたい」「もう少しだけ、ソフトな印象にしたい」といった、お客様の繊細なご要望に、的確にお応えするのが、この「髪をすく」という技術なのです。
誠実な理容師は、二つの「段」を融合させる
実際のヘアカットの現場では、この二つの技術が、完全に独立して使われることは稀です。私たち誠実な理容師は、お客様の「なりたいイメージ」を正確に理解し、建築家が力学的な構造を設計(段をつける)し、彫刻家がその表面のディテールを丹念に彫り込む(髪をすく)ように、この「見える段」と「見えない段」の配合比率を、お客様一人ひとりのために、ミリ単位で調整しているのです。その絶妙なバランス感覚こそが、プロフェッショナルの仕事の真髄にほかなりません。
オーダーで、あなたの理想を伝えるには
もし、あなたがヘアスタイル全体の形そのものを変え、大きな動きが欲しいのであれば、「トップを短くして動きを出したい」「襟足にくびれが欲しい」といった、「形」に関する言葉で。もし、あなたが今の形は気に入っていて、その質感だけを変えたいのであれば、「今の長さは変えずに、軽くして扱いやすくしたい」といった、「量」や「質感」に関する言葉で。このようにお客様の目的を明確にお伝えいただくことで、私たちは最適な技術を選択することができます。
「段をつける」ことと「髪をすく」こと。それは、ヘアスタイルに「形の変化」を与えるか、「量の変化」を与えるかという、明確な違いを持つ、しかし互いを高め合う、最高のパートナー技術です。あなたの理想のスタイルには、どちらの技術が、そしてその両方の、どんな組み合わせが必要でしょうか。その答えは、お客様との丁寧な対話の中にこそあります。ぜひ、あなたの想いを、私たち専門家にお聞かせください。