人の「人柄」は、予期せぬ瞬間に表れる。私が、生涯、忘れることのない、ある上司のエピソード
その人の、本当の「人柄」というものは、一体、どのような瞬間に、私たちの前に、姿を現すのでしょうか。それは、物事が、順調に進んでいる、晴れやかな日では、ないのかもしれません。むしろ、何か、予期せぬ、トラブルが起きた時、あるいは、誰もが、動揺してしまうような、困難な状況においてこそ、その人の、心の奥底にある、本質的な、人間性が、まるで、光が、差し込むように、現れるのではないか、と、私は、考えています。今回は、私自身の、苦い、失敗談と、その時に、私の上司が、見せてくれた、忘れられない「エピソード」について、お話しさせてください。その、ささやかな、しかし、あまりにも、深い、出来事は、私に、「人柄」という言葉の、本当の、意味を、教えてくれました。
私の大きな失敗と、忘れられない上司のエピソード
それは、私が、まだ、入社して、数年目の、若手社員だった頃のことです。私は、会社の、威信をかけた、ある、重要な、コンペの、プレゼンテーションを、任されていました。若さゆえの、根拠のない、自信に、満ち溢れていた私は、周りの、先輩や、上司の、慎重な、助言にも、十分に、耳を傾けず、「自分の、アイデアが、一番だ」と、信じて、疑いませんでした。そして、その、自信過剰と、経験不足が、最悪の、結果を、招くことになります。
プレゼンテーションの、本番当日。私の、独りよがりな、提案は、クライアントの、心に、全く、響きませんでした。先方から、投げかけられる、的確で、厳しい、質問の、数々に、私は、しどろもどろになるばかり。会場の、冷え切った、空気の中で、私は、自分の、浅はかさと、未熟さを、全身で、突きつけられ、頭が、真っ白に、なりました。もちろん、そのコンペは、惨敗でした。
会社に戻る、タクシーの中、隣に座る、上司と、私の間には、重く、気まずい、沈黙が、流れていました。私は、クビになるかもしれない、あるいは、少なくとも、激しい、叱責を受けるだろう、と、覚悟し、ただ、俯いて、その時が、来るのを、待っていました。私の、社会人としての、人生は、終わった、とさえ、感じていました。
タクシーが、赤信号で、止まった、その時です。上司は、窓の外を、ぼんやりと、眺めながら、まるで、独り言のように、静かに、こう、言ったのです。「腹、減ったな。何か、美味いものでも、食って帰るか。俺の奢りだ」。そして、彼は、運転手さんに向かって、「すみません、この近くで、一番、カツ丼が、美味い店、知りませんか?」と、尋ねました。
私は、耳を、疑いました。失敗を、なじる言葉でも、慰めの言葉でもなく、ただ、「カツ丼を、食おう」という、あまりにも、予想外の、一言。その瞬間、私の、心の中で、張り詰めていた糸が、ぷつりと、切れ、こらえていた涙が、溢れそうになるのを、必死で、こらえました。
連れて行かれた、昔ながらの、定食屋で、私たちは、黙々と、カツ丼を、食べました。上司は、説教めいたことは、ひと言も、口にしません。そして、すべてを、食べ終えた後、お茶を、一口、すすってから、初めて、私の目を、まっすぐに見て、こう言ったのです。「いいか。失敗から、学ぶことは、成功から、学ぶことより、ずっと、多い。今日の、このカツ丼の味と、悔しさを、忘れなければ、お前は、もっと、大きくなれる。明日から、また、頑張れ」。
そのエピソードが、私に教えてくれた「人柄」の本当の意味
あの日、上司が見せてくれた行動。それこそが、私が、生涯をかけて、目標とすべき、「人柄」の、理想形なのだと、今なら、分かります。
彼の行動には、「知恵」がありました。あの、惨めな、気持ちの、どん底にいた私に、正論を、振りかざしても、何も、響かないことを、彼は、知っていたのです。失敗、そのものが、何よりの、教訓である、と。そして、彼の行動には、「思いやり」がありました。ビジネスの、結果よりも、まず、傷つき、打ちのめされている、一人の、若者の、心を、労わることを、優先してくれた。その、温かさが、私の心を、救ってくれました。さらに、彼の行動には、「強さ」がありました。部下の失敗を、自分の責任として、受け止め、決して、感情的に、誰かを、責めない。その、動じない、姿勢が、私に、もう一度、立ち上がる、勇気を、与えてくれました。
本当の、優れた「人柄」とは、平穏な、日常ではなく、こうした、予期せぬ、困難な、瞬間においてこそ、その、真の、輝きを、放つのです。
私たちが、理容師の「人柄」を、何よりも、大切にする理由
この、私自身の、経験は、そのまま、私たち理容師の、仕事に対する、哲学にも、繋がっています。お客様の、髪は、常に、同じ、コンディションでは、ありません。また、お客様が、抱える、お悩みや、ご要望も、その日、その時によって、様々です。そうした、マニュアル通りには、いかない、一つ一つの、瞬間に、いかに、誠実な「人柄」をもって、対応できるか。それこそが、プロフェッショナルとしての、真価が、問われる点だと、考えています。
お客様が、安心して、心を開き、自分自身を、委ねられる。私たちのサロンが、単に、髪を、整えるだけの場所ではなく、そんな、人間的な、温かい、信頼関係が、生まれる場所であること。そのために、私たちは、技術を、磨くと同時に、自らの、人柄を、磨き続けることを、何よりも、大切にしています。