毛染めの「退色」を味方に。誠実な理容師が語る、色が抜ける過程の楽しみ方
理容室で染め上げたばかりの、鮮やかで、そして深く澄んだ理想の髪色。その完璧な輝きが、日々のシャンプーと共に少しずつ穏やかになり、徐々に色合いが変化していく「退色」という現象に、一抹の寂しさや、残念な気持ちを覚えていらっしゃる方は少なくないことでしょう。しかし、もし、この避けることのできないはずの「退色」を、単なる色の劣化としてではなく、次なる美しいスタイルへと移り変わっていく「変化の過程」として捉え、楽しむことができるとしたら。あなたのヘアカラーの世界は、もっと豊かで、奥深いものになるのではないでしょうか。今回は、この退色という現象と、その変化さえもデザインの一部として計算に入れる、私たちプロフェッショナルの考え方について、詳しくお話しさせていただきます。
なぜ避けられないのか、ヘアカラー「退色」の仕組み
まず、なぜヘアカラーの退色は、避けることのできない現象なのでしょうか。その理由は、髪を染める際に内部に入れた色素の粒子が、完全に固定されたものではない、という点にございます。私たちが日々行うシャンプーや、降り注ぐ紫外線、そしてドライヤーの熱といった、日常に溢れる様々な外部からの刺激によって、髪の表面を覆うキューティクルの僅かな隙間から、内部の色素が少しずつ外へと流れ出てしまいます。これが、退色の基本的なメカニズムです。特に、髪がダメージを負っているほど、色素を内部に留めておく力が弱くなるため、退色のスピードは速まってしまう傾向にございます。
退色のスピードを左右する、色味の特性とヘアケア
この退色のスピードは、お選びになった色そのものが持つ特性と、日々のヘアケアによって、大きく左右されます。一般的に、アッシュやマットといった寒色系、あるいはピンクやレッドといった鮮やかな暖色系の色素は、その粒子が繊細であるため、比較的早く髪から抜け落ちていくという性質がございます。一方で、ナチュラルなブラウン系の色素は、粒子が大きく安定しているため、比較的長く髪に留まってくれる傾向にあります。この退色のスピードを少しでも穏やかにするためには、洗浄力の優しいカラーケア専用のシャンプーをお選びいただき、熱すぎないお湯で優しく洗髪し、そして濡れた髪はすぐに乾かすといった、日々の丁寧なヘアケアが、何よりも不可欠となります。
プロが実践する「退色までをデザインする」という発想
私たちプロフェッショナルは、お客様がサロンの扉を出て行かれる、その瞬間の「染めたての色」が百点満点であることはもちろん、そこから一週間後、二週間後、そして次にご来店されるまでの、その「色が抜けていく過程」までもが、常に美しく、そして楽しめるものであるように計算して、カラーをデザインしております。例えば、退色すると黄色みが出やすいことが分かっているアッシュ系のカラーに染める際には、あらかじめ補色である紫の色素を、お客様の目には見えないレベルで、ほんの数グラムだけ薬剤に混ぜ込んでおきます。そうすることで、アッシュの色素が抜けていった後も、汚い黄色にはならず、自然で美しいベージュ系の色合いへと、きれいに変化していくのです。この、時間の経過という要素までをも味方につける発想こそ、プロのカラーデザインの奥深さなのです。
「育てるカラー」を楽しむために
この、色が美しく変化していく過程、いわば「育てるカラー」を、お客様ご自身がより深くお楽しみいただくための方法もございます。その代表格が、「カラーシャンプー」の活用です。退色の過程で惜しくも失われていく特定の色素、例えばアッシュ系の髪には紫の色素を、ご自宅での日々のシャンプーで補給してあげるのです。これにより、美しい色の変化の期間を、より長く維持することが可能になります。また、定期的なヘアカットの際に、髪全体を染め直すのではなく、上から透明感のある色素だけを薄く重ねる「カラーチャージ」といった施術も、少ないダメージで常に新鮮な色合いを保つことができる、非常におすすめの方法です。
退色は、終わりではなく、新しい始まり
ヘアカラーの「退色」は、色が失われていくという、ネガティブなだけの現象ではございません。それは、一つの色がその役目を終え、次の美しい色へと移り変わっていく、創造的で、そして美しいプロセスの始まりなのです。その美しい変化の物語を、お客様一人ひとりの髪質とライフスタイルのために描き出し、丁寧に演出し、そして最後まで伴走させていただくこと。それこそが、私たち誠実な理容師がご提供する、オーダーメイドのカラーデザインの真髄であると考えております。染めたての一瞬だけでなく、その先の一ヶ月まで、あなたの毎日が輝き続けるように。そんな「色が育っていく」素晴らしい体験を、ぜひ私たちと共有しませんか。