「髪を梳く」と「髪を梳かす」は違う意味?プロが解き明かす、言葉と技術の深イイ話
「髪を“すく”」と「髪を“とかす”」。音の響きがとてもよく似ていて、どちらも同じ「梳」という漢字が使われている、この二つの言葉。普段の生活やヘアサロンでの会話の中で、どちらの言葉を使うべきか、あるいはこれらは全く同じ意味なのか、と少しだけ迷ってしまったご経験はございませんか。実は、私たちプロフェッショナルの世界では、この二つの言葉は、全く異なる目的と技術を指し示す、非常に重要な専門用語として、明確に区別されているのです。今回は、そのはっきりとした違いと、それぞれの言葉が持つ大切な役割について、その語源にも少しだけ触れながら、分かりやすく解説してまいります。
まずは結論:二つの言葉の、決定的な違い
まず初めに、この記事の結論から、その決定的な違いについてご説明いたします。「髪を梳かす(とかす)」とは、櫛(くし)やブラシといった道具を用いて、髪の毛の絡まりを解きほぐし、その流れを美しく整える行為のことを指します。これは、主にお客様がご自宅で行う日常的なヘアケアや、私たちプロがカットを始める前の準備段階で行われる、いわば髪の「整理整頓」にあたる作業です。一方で、「髪を梳く(すく)」とは、すきバサミなどの専門的な道具を用いて、計画的に髪の量を減らしたり、その質感を調整したりする、高度な「カット技術」そのものを指します。こちらは、ヘアスタイルをデザインしていく過程で行われる、言わば髪の「彫刻」のような作業なのです。
なぜ同じ「梳」という漢字が使われるのか
では、なぜこれほど意味が違う二つの言葉に、同じ「梳」という漢字が使われているのでしょうか。この漢字の起源を遡ると、髪をとかすための「櫛(くし)」の形から生まれた象形文字に行き着きます。そして、そこから派生して、櫛の歯のように、間をあけて不要なものを取り除き、きれいに整える、といった意味合いも持つようになりました。ここから、「櫛を使って、髪の流れをきれいに整える」という意味で「梳かす」という言葉が生まれ、そして「櫛の歯のように、髪の量を間引いて、きれいに整える」という意味で「梳く」という言葉が生まれたと考えられています。どちらも、髪を美しく整える、という共通の目的から生まれた、いわば兄弟のような言葉なのです。
プロの仕事における「梳かす」と「梳く」の連携
私たちプロの理容師の仕事は、まずお客様の髪を、丁寧に、そして正確に「梳かす」ことから始まります。髪の絡まりを優しく解きほぐし、一本一本が最も素直な状態になって初めて、お客様が本来持つ髪の量や、隠れた生え癖などを、私たちは正確に診断することができるのです。そして、その的確な診断に基づいて、次に、緻密な計算をしながら髪を「梳いて」いきます。先ほど「梳かして」整えた髪の自然な流れや、お客様の頭の骨格に合わせて、不要な部分だけを的確に取り除き、理想のヘアスタイルを創り上げていくのです。つまり、正確な「梳かし」なくして、美しい「梳き」は決して成り立ちません。この二つの技術は、私たちの仕事において、切っても切れない、非常に深い関係にあるのです。
お客様との対話でも、この「違い」は大切です
お客様が、この言葉の「違い」を少しだけ意識していただくと、私たちとお客様とのコミュニケーションは、よりスムーズで、より深いものになります。例えば、「最近、髪の絡まりが気になるんです」というお悩みは、日々の「梳かす」ケアのお話に繋がり、「髪全体の重さが気になるんです」というお悩みは、カットの際に髪を「梳く」技術のお話へと繋がっていきます。誠実な理容師は、お客様がどちらの言葉をお使いになっても、その言葉の奥にある本当の想いを汲み取ろうと真剣に努めますが、この違いを知っておくことで、お客様ご自身の「なりたい姿」が、より一層明確になるはずです。
「髪を梳かす」ことと、「髪を梳く」こと。それは、日々の髪を慈しみ、優しくケアすることと、理想のスタイルを、技術を駆使して創造していくデザインという、髪と向き合う上での、二つのとても大切な側面です。私たちは、お客様の髪を丁寧に「梳かし」、その状態を深く理解した上で、心を込めて髪を「梳いて」いきます。言葉が持つ本来の意味を大切にし、お客様との対話を何よりも重視する。そんな誠実な仕事を、ぜひ私たちのサロンでご体験ください。